スペイン国立バレエカンパニー

12月6日はスペイン国立ダンスカンパニーの公演を横浜のKAATへ見に行った。演目はイジック・ガリーリの「Sub」イリ・キリアンの「堕ちた天使」ウィリアム・フォーサイスの「ヘルマン・シュメルマン」ジョゼ・マルティネスの「天井桟敷の人々」そしてオハッド・ナハリンの「マイナス16」あまりにも絢爛豪華なラインナップに演目を見たときは思わず生唾を飲み込んだ。

スペイン国立ダンスカンパニー(CND)はコンテンポラリーダンスを得意とする国立のダンスカンパニーとしては珍しいダンスカンパニーだ。というのも1990年から2010年まで監督を務めたナチョ・ドゥアトはコンテンポラリーダンスの振り付けを得意としており、ダンサー達にもそのカラーが色濃く反映されていたためである。「トウシューズを履かないダンスカンパニー」と表現されることもあるCNDだがその実力は間違いなくトップレベルであり根強いファンは多い。

そんなCNDに2010年から新しく就任したジョゼ・マルティネスは出身こそスペインであるものの、ローザンヌ国際バレエコンクールを経てパリ・オペラ座バレエ学校へ編入し年からパリ・オペラ座でエトワールとして活躍して来た言わばバレエダンサーのエリートだ。彼の就任が決まったときはダンス界で大きな話題になった。

エネルギッシュで前衛的なCNDと古典に造詣が深く、繊細な振りを得意とするジョゼ。そんな一見相反するもの達の出会いがいったいどんな化学反応を見せてくれるのか。期待に胸を膨らませて会場へ向かった。

まずガリーリの「Sub」。スモークの焚かれた舞台上に一筋の光が射し、民族衣装をモチーフにしたスカートを履いた半裸の男性ダンサーが現れる。決して派手な振りではないのだが、指先から光の糸が出ているようなエネルギッシュさがあり照明に照らされた汗の一粒一粒すら美しく見える。そこから上手、下手と徐々に人が増え、一挙に男性の群舞が始まる。圧倒的なスピード感と身体言語の豊富さ、息が詰まるほどの色気にただただ圧倒された。これ、できれば死ぬまでにあと一回は見ておきたい。

次にキリアンの「堕ちた天使」。こちらは「Sub」とは対象的に女性の群舞だ。黒いレオタードを纏った個性の異なる身体つきのダンサー達が打楽器のリズムのみで踊る。「what's dance?」に対してユーモアを交えながら真摯に緻密に積み上げて行く過程はダイナミックで美しい。 ところでこの二つを見比べて思ったのだけれど、舞台上では女性ダンサーのほうが(良い意味で)ふてぶてしいのはどこの国でも同じなのかしら。緊張の質が男性ダンサーと女性ダンサーではまるで違うように思えた。

休憩を挟んで「ヘルマン・シュメルマン」。前2作とは打って変わって古典的な振りの作品だ。ダンサー達の持つエネルギッシュさ、豊穣な身体を古典の型にはめすぎず納得させて踊らせる事で物語がより複雑さを持ち、新鮮な驚きと感動に満ちていた。男女のパートの一見健康的で溌剌としている関係性のなかにふと立ち上ってくる歪みや膨らみのある情愛はきっとCNDしか表現できないのではないだろうか。

ジョゼ振り付けの「天井桟敷の人々」。これはずるい。とにかくずるい。美青年のEsteban Berlangaが報われない恋に身を焦がし髪を振り乱し肉体の限界まで踊る踊る踊る。ジョゼの繊細な振りにダイナミックさが加わり、観客の心をこれでもかと揺さぶってくる作品だ。汗の滲むボウタイブラウス、苦痛に歪む彼の顔の美しさ、大柄な身体から物語られる繊細な感情の数々、これを見て彼に恋に堕ちなかった観客はいないのではないだろうか。

もう一度休憩を挟んでいよいよ最後の「マイナス16」。コンテンポラリーダンス界では有名な作品なのだが、オハッド・ナハリンの振りは踊りこなす事は容易くなく、下手するとつまらなく無味乾燥になってしまう。これまでも様々なカンパニーが踊ってきたがナハリン率いるバットシェバ舞踏団を超えるものは未だに無いとまで言われている。

だが、スペイン国立ダンスカンパニーは見事にやってのけた。ブラボーだった。タキシードを着たダンサー達が半円に並べられた椅子に座り、繰り返される過ぎ越し祭りの歌に合わせて徐々に服を脱ぎながら同じ振りを繰り返し繰り返し踊る。ただそれだけのシンプルな構成なのだが、型を壊すくらいの勢いで踊るダンサー達のすさまじいエネルギーと今までの何倍もの迫力とダイナミックさは言葉に尽くしがたいものがあり、会場全体を興奮と熱狂の渦にぐいぐい引き込んで行くのがわかった。ラストの観客を巻き込んでのダンスも「そうだね、ダンスって本当はこういうことなんだろうね」と素直に思えてとても良かった。

そんなこんなで素晴らしい公演はあっという間に過ぎてしまった。今でも思い出しては胸が一杯になる。いやー舞台って良い。ダンスって良い。そう思わせてくれる舞台はやっぱり良い。来年もいい作品にもそうでない作品にも沢山沢山出会えますように!